健康とリラックス効果のための坐禅ですので、身体的に無理のない座禅を行っております。体験談もお読み下さい。

曹洞宗天王山 長岡寺
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曹洞宗天王山 長岡寺
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惟喬親王伝説(これたかしんのう)


すこやか座禅会

「身体にいいことなら、楽にやってみよう」

坐禅というと、皆様の中には「何だか足が痛くてつらかった」
「寒くて凍えそうだった」そんな体験をされた方が多いように思われます。

また、興味はありながらも、大変そうと思って、
ためらわれている方もいらっしゃるかもしれません。

確かに、修行としての禅は、それだけの厳しさが必要であるとは思います。
しかしながら、その厳しさだけが坐禅ではありません。

旧来、座禅を通じて、より健康に生きるための手がかりを得ることも
できると考えられてきました。たとえば、白隠禅師の禅です。

白隠禅師は、イメージを用いた養生の為の座禅を行っていました。
丹田を中心とする呼吸法についても、健康を念頭に置いています。
厳しさだけではない座禅があるのです。

現代の社会はストレス社会であるといわれております。
私たちの身の回りには、様々なストレス要因があります。
それらを排除するわけにもいかない私たちですから、
そのストレスを私たちの側で、いかに管理して
ゆくのかという視点が重要です。

そこで、当山の坐禅会では、
修行ではなく心身の健康を目標とすることにしました。
その目標は、現在も変わりませんが、方法においては、変更点もあります。
当初は、坐禅のみから始まり、呼吸法、イメージと広がりながら、
現在は、漸進的筋弛緩法を導入し、次第に具体的なリラックスの効果を
実感していただけるようなプログラムへと進化しています。
実に、ストレスを念頭に置いた進化です。

もちろん、健康のための坐禅ですから、
身体的に参加者に無理のない座禅を行っております。
当山の座禅会は年長の方では75歳を迎えてから始めた方もいらっしゃいます。
また、女性の方もほぼ半数いらっしゃいます。
身体が硬くても、硬いなりに実践してもらえば、
充分効果は出てくることと思います。

その効果は、最初から大きなものがあるではなくて、
一回一回ずつの小さな変化のような効果です。
どんな効果かは、継続する中で実感し、確かめて頂きたいところです。

今までのイメージとは、ちょっと違った坐禅会である
「すこやか座禅会」へは、お申し込みは不要です。
どうぞ、気軽にご参加ください。まずは、興味のある方は、
おためしのつもりで、参加されることをお勧めします。

なお、毎年、1・2月は、お休みとさせてもらっています。
3月の暖かくなるころまでお待ちください。

参加者様の声



坐禅会に参加して

八月末から四ヶ月間、坐禅会に参加して私自身が変わったこと。
それはまず、体がやわらかくなったこと。
また、腹式呼吸を行うため、内臓がきたえられ、
とても健康になったことです。
 
日曜日の朝、坐禅を組み、無心になれるひととき。
またわかりやすく、やさしい住職の法話、仲間たちの人生の談話。
 
一時間があっという間に過ぎ、
日曜日の朝、一週間のスタートが坐禅から始まります。
住職と仲間に感謝。一切皆空(無心になること)

新井章夫 様

心と心の絆を結ぶ坐禅会

私は昭和28年に此の西長岡へ嫁ぎ長岡寺にお世話になり
50数年がたちました。其の間大変お世話になりました。
此の間は義昭大和尚の供養も無事盛況に終わり、
其の後カラオケをしたりして大変楽しく過ごすことが出来たところです。
 
坐禅の話を聞いて日曜日の朝八時に出かけました。
坐禅というのはどんなに難しいのか経験がないので
恐る恐る出掛けて見ました所、温厚な晃洋和尚様に導かれ、
77歳の私では足を組むのが無理なので腰が痛いといったら、
椅子を用意してくれました。
 
坐禅をしていて、たとへ一時間でも皆さんと睦み会う心と心が合体して、
心静かな無欲の態度が大事ではないかと思はれます。
仏道を求める人は坐禅によって我執、真実な心を持つと私は思い、
一時間だけでも自我を忘れて坐禅にいってます。
 
朝八時から九時までの一時間です。
皆さんも坐禅に行く気持ちになったら是非出掛けて見ませんか。
足が悪くても腰が痛くても椅子でも出来ます。
これまでに30名の方が出席をしています。
また、気迫を入れる時などは、警策をして頂き気力が入ります。
 
 坐禅して 邪心を払う 我が心
      変わらぬ我が身 うとましくなる

金井松枝 様

2009年正月の寺報より(リラクセーション導入後)

坐禅会に参加しましたのは、持病の喘息の為です。
喘息は、金平糖の様なデコボコな自己愛も原因の一つと云われています。
坐禅でそのデコボコが取れて丸くなればと思ったからです。
 
しかし、背筋を伸ばし、腹式呼吸に専念するだけの事ですが、
天王山の頂を目標とすると、麓の家の辺りを歩いている感じです。
 
麓と書いて違和感を覚えました。
天王山は、243米、家の辺りは、74米です。
海辺から眺めれば高いと思う。眺める場所を変えれば景色も変わります。
だから、心のデコボコが、少し削られているのを気づく力が、
足りないのかもしれない。
結論が、長調に転調したのも坐禅のお陰かもしれません。
 
週一回の坐禅を重ねる事で薄紙一枚程のよい変化を
これからも期待して、筆を置くことにします。

中嶋有一 様